TOP >> 2003年8月日記 

2003年8月

 

2003/8/1(金)
■ 大川さん

 7月に送ってない人を中心にニュースレターを発送しました。全部発送すると、5,6万円かかるので、一部の人には9月に送りますね。
ニッセイの大川さんに電話して車を探していただくことにしました。大川さんが『ウルトラマンの劇中で使われていた車両が売り出されていたんだよね〜』と言うのです。もうないのでしょうけれど、欲しいよ〜。
そして、インターネットがつながらなくて困ってるんだと言う事を告げると、『だから“日々の翔太”が更新されてないんだ。俺が書いといてやろうか』と言うので、『では“日々の賢一郎”でお願いします』なんてやりとりを交えながら、今後の連絡は手旗信号で行うことになりました。(←ウソ)

 ちなみに7月〜8月にかけてのこのページは入力したフロッピーを安藤さんに送って掲載したり、一部アオバさんのパソコンを借りて入力しているところです。

 

2003/8/1(金)
■ 郡山の五十嵐さん

 トベの松原さんから『福島の原町市に須藤さんという人がいるの…五十嵐さんという方とも親しいんだけど、知ってる?』と聞かれたんですが、頭がどうかしていて『五十嵐さん?知らないよ』とか言ってしまったのですが、以前に埼玉などでお会いし、何度かお電話を頂いていたのが五十嵐さんでした。

 その五十嵐さんから『明日、喜多方に行きます』というお電話を頂き、紙がなくなっていたのでB5とA4の紙を頼んでしまおう(笑)と思って電話をしたら、『きっと色々とお困りでしょうから、買い物に行きましょう』と言ってくださいました。

近所では日用品(これも微妙)は売ってるけど、私にとっての日用品は下手すると喜多方市外に行ってもない場合がありそうです。
ほんと、絶妙なタイミングで来て下さることになり感謝です。
堀井さんにお米を30キロ頼んだんだけど、まだ届かないので電話をしたら、私の住所を伝えてなかったみたいです。失礼しました

 

2003/8/2(土)
■ ちょっと待ってラウンドアップ???

 朝から何やらポンプ屋さん(?)が登場しました。家主の斉藤さんに頼まれて敷地の雑草をランドアップ(以前に堀井さんからやばい農薬という風に聞いていた名前)という除草剤を蒔いてくれと頼まれたと言うのです。
ちょっと待って!それは(除草剤を蒔くのは)よくないでしょう、と思い、斉藤さんに電話をすると『只野さんが蒔かなくていいと言うならば…』という事で、免れました。

 ポンプ屋さんは『都会の人は皆そう(蒔かない)言うんだよね…』と言ってました。来年からこの敷地の小さな畑で植物を育てて研究する予定だし、そうじゃなくてもイヤですよね…。
でもこうした地域の人には切実な問題なのかも知れません。ですから否定だけするのは出来ないのかもしれません。

 風呂場の脱衣所の床に水が溜まってしまい、最初は洗濯機の何かかなと思ったのですが、水道管からもれていました。ポンプ屋の小川さんはコレを直す必要があると…。とりあえず除草剤を置いて帰って行きました。

 

2003/8/2(土)
■ 実践者のつながり

 朝からバタバタしていたのですが、五十嵐さんが近くまで着いたようです。携帯の電波が悪く話せないのですが、近所で聞き込み(笑)をすると、すぐに私の家の位置を教えてもらえたようです。小さな御近所なので、ここに東京から引っ越してきた人がいるというのは誰もが知ってることみたいです。

 食料と必要最小限の買い物をして下さり、食事をして色々とお話しました。五十嵐さんや唐木さん(卓朗さんの古くからの知り合い)、須藤さんたちで足立育朗さんの講演会を福島で行ったことなど教えていただきました。
自然のしくみに適った方向へ実践している人は全国にたくさんいらっしゃるというのを実感しました。
ちなみにこの喜多方市に私の知り合いは一人もいません。となりの会津若松にはサーモールを設置してくださっている方はいるのですが…。この地域で実践する人のつながりを作って(オーバーですね)いければと思っています。

 この周辺には家賃が一万円台の家は結構あるみたいです。ですから、絵を描きたい人とか何かをしたい人…自分で最低限の食べ物を作り、多少の現金収入があれば、本当にやる必要のある事をやって暮らしていけると思います。ヴィジョンをしっかりとした人でしたらきっとこちらで実践していけるのではないかと思います。

 五十嵐さんに、『まだガスもつながってないからお茶も出せないですよ』といいつつ、我が家へ。
五十嵐さんはどこに行くにも水筒にお水を携帯しているそうです。そういうのっていいですよね。私も神奈川に住んでいた時車での移動でしたから、2リットルのペットボトルに水を入れていました。一日だと足りないので、2本搭載していました。基本的にジュースとかは飲まない人なのでね。

五十嵐さんの御実家は比較的この近くだそうです。『これだけの家を持っていたここの(亡くなった)親父さんは、きっと地域でも名士だった人だと思いますよ』と言われていました。もちろん私は会ったことないのですが…。100年以上経っている家らしいです。
話は脱線してしまいましたが、五十嵐さん、ありがとうございました。

 

2003/8/2(土)
■ 近く無農薬農家

 五十嵐さんとスーパーに行くと、農家の方が出店されてました。『近くの農家』と言っても車で20分くらい(根拠のない予想)の塩原というところの方です。家族三人と研修に来ている女の子で作ってるみたいです。
五十嵐さんが発見して『翔太さん、トマト好き?』と聞かれ、トマトは好きなので見てみますと、イタリアントマト一箱(24個くらい)が98円だったのです。もう“早く、大きく、たくさん”をテーマ(おいおい…笑。冗談です)に二箱も買ってしまいました。

 車があったら、そういう農家の方たちと色々と交流したいなァと思いました。実際、無農薬とかでの栽培に踏み切るにはたくさんの勇気が必要です。『うまくいかなかったらどうしよう』『農協は取り扱ってくれないし…』など。だから、こうしたスーパーの軒先を借りているのでしょうね。
話してみると、9月までの契約だけど、評判がよければ場所もいいところに常設してもらえるの…と研修生の女の子が言っていました。そういう農家を応援したくなりました。

おまけ トマトご飯
三合のお米と適量のお水(気持ち少なめ)、イタリアントマト4個、塩、コショウ、オリーブオイル、お醤油、コーヒー(隠し味)…を炊き込む。するとオリーブオイルの香りの美味しいトマトご飯が出来ます。
キムチ、タバスコ、唐辛子、ニンニク、玉ねぎを入れるといいかも知れません。好みによってはソース(只野家にはソースはないのです。基本的にフライやコロッケも醤油で食べます。醤油の微妙なしみ込み具合がいいんです。ソースでは味わえない!)もいいかもしれません。

 

2003/8/3(日)

■ ルイボスティ


 先日のポンプ屋の小川さんが水漏れを修理しに来てくれました。確かに洗濯機置き場が毎日水浸しになってタオルで吸い上げる(拭くというレベルではない)のは大変でした。今はともかく冬になったらやりたくないでしょうね…。かくして水漏れは直ったのです。

 小川さんに何かあげられる物はないかな、と見渡すとルイボスティがあったので、『あの、これ南アフリカのお茶なんですけど…』と、渡しました。普段何気ないルイボスティも『南アフリカの』という形容詞がつくととても高価なものに思ってしまうのかも知れません。
もしかして私たちはこのようなお茶を手軽に戴くことが出来るのはすごいことなのかも知れませんね。…という事でタイトルが決定しました。

 

2003/8/4(月)
■ なぜか安堵

 2年と4ヶ月お世話になった狛江の部屋に次の入居される人が決まったと聞いて、なぜか安心してしまいました。やっぱり今まで自分がいたところが、今どうなっているのかって気になりますよね。

 小学校に入る前までいたアパートのそばに行くと、30年前は土の道だったところがアスファルトになっていたり、路地を出て通りを越えたところにある公園のブランコが好きだったこととか…。過去と現在との違い…定点写真ではないのですが、時間の流れを感じます。

 ちなみに、狛江のアパートのそば(喜多見駅が最寄)成城や多摩川はウルトラシリーズの撮影に使われていましたから、昭和時代のウルトラマンを見ると地域の変貌ぶりが確認できます。
例えばウルトラセブンの43話のラストでダンとソガ隊員が明日の天気は…と下駄を蹴り飛ばす(下駄っていうのもすごいですよね)シーンは、駒沢通りの歩道橋だったりします。車道を見てもまったく渋滞などなく、1943年当時の交通量など確認できます。

 

2003/8/5(火)
■ あと一週間で高知

 田舎暮らしの不便さはそんなに感じないのですが、車がなくて動けないことと、インターネットがまだ接続されないことにイライラしてしまいます。どうも円滑に物事が進まないと、イヤなんですねぇ。そんなこんなしている間に、『来週は高知じゃん!』。

 お盆のシーズンだったので飛行機とか高いし、(ほとんど知らないので、往復2万円もあればおつりが来ると思ってました…)仕方なく高速バスで東京から行くことにしています。
それでも東京⇔高知の片道が12500円ということで驚きです。さらに喜多方⇔東京が約8000円…ってことは往復4万以上じゃん…旅行とか嫌いな私は交通費の高さに愕然としています。『みなさんこんなに高い金額で旅行とか行ってどうするんだろう?』と不思議な気持ちになれます。

 4万円もあれば、スィエポンエヴァとかの案内を出せて、どなたかがその思いを受け取ってくれる事もできます。その結果、それぞれの地域がよりよくなるのに…もったいないおばけ(笑)が出てしまう。
考え方の違いなのかな。…とにかく交通費は高いよ!と言いたいだけです〜!貧乏人なんだからもっと安くしてくれよ(笑)。

 

2003/8/6(水)
■ これも自然の一部

 家の敷地に大葉が自生していました。また、大葉とよく似た葉っぱを食べてみると、香りはなく、粘りがありました。名前はわかりませんが、刻んでお醤油であえてご飯と食べると美味しいかも知れません。

 虫になった気分です。一般的に言う害虫は草食性なんですよね。そしてそれを食べる『益虫』というのは肉食性なんですよね。だから数の上では圧倒的に肉食性の昆虫は少ないのです。サバンナでもシマウマたちよりライオンとかの肉食動物が多かったら自然のサイクルが成り立たないですものね。

 だから、確かに困るかもしれませんが人間の都合だけで殺虫剤を蒔くと、そのバランス(と絶妙な調和)が崩れて、一部の生態だけが多くなり、結果的に以前より『人間にとっても都合の悪い状態』となってしまうのかもしれません。

 よく、愛さんは『人間が雑草とよんでいるだけで、美味しい(エネルギーを頂いて活かせるという意味)ものもあるはずです』とか言って、雑草のおひたし(ネーミングがすごい)とか『柿の葉の天ぷら』とかを作っていました。

 何から(動物、植物、鉱物…その他)エネルギーを頂くか…そして大切なのはそれを生かして私たちが本当の意味で『人間として生きていく』という事なのかも知れません。
(あまりにも決まりすぎて、自己満足しています。やばいですね、これは若林さんに近い傾向です。自我30%増し《当社比》…と本当は少し照れくさいからこのようなギャグを盛り込みたいだけなんですが…笑)

 

2003/8/7(木)
■ 世の中せまいですね

 ニッセイの大川さんに乗用車をお願いしているので、市役所に印鑑証明を作りに行きました。そのついでに、銀行の口座を作らないとと思っていたので…喜多方にはみずほとかの都市銀行がないんです。(困ってます)
喜多方市市街に三軒の銀行があるのですが、東邦銀行がいいんじゃないのという知人のアドバイスを鵜呑みにして窓口に向かいました。

 新規申し込みの窓口は二つあったので、私は右側の窓口に行こうと思ったのですが、左側の行員さんと目が合って、会釈してくれたのでそちらの方に『口座を作りたいのですが…』と申し出し、用紙を受け取り書き込みました。こういうのって苦手分野のひとつです。…まだ住所(長いし)覚え切れてないです〜。
書き込んだ用紙を先程の行員さんに渡すと…彼女はとても驚いているようでした。『何か間違えちゃいましたかァ?』と聞くと、『最近、引っ越してきた人ですよね…』、『ハイ!』、『私、初めてお会いしますが、向かいの者なんです…』と言うではありませんか!

 7月24日、到着してすぐに、近所の方には挨拶をしたのですが、正直誰が誰なのか、御近所の名前さえもハッキリと覚えてないのですが、きっとその時にはいらっしゃらなかった方(家族の人はいたけど)だったのです。
前にも書き込みましたが、小学生さえも道で挨拶してくるくらい小さい部落なので、ほんの数軒の家の集まりなのに…。

 きっと、昨晩はお向かいの家で『今日、向かいに引っ越してきた只野って人が口座を作りに来た〜』と食卓の話題になっているのでしょうね(笑)。
でもちゃ〜んと、隣の窓口に行こうと思っていたのに、わかりやすい形で交流する(知り合う)きっかけとなるなんて、まさに自然の法則っておもしろいですね。

 

2003/8/8(金)
■ 高知のYさん

 私も東京にいた時に何度かお電話を頂いて、『案内が出来たら送ってくださいね』と言われていたのですが、午前中、尾ア久美さんから電話があって『山崎さんって方はとっても元気な方だよ〜。だってね、“波動の法則”が本屋に売ってないからって、10冊分コピーして周りの人に読んでもらったんだってさ。』という…久美ちゃんいわく『こんなに元気な人と会った事がない 』そうです。
高知に来週行くのがとても楽しみです。

 

2003/8/10(日)
■ 五十嵐さんのらっきょ

 先程(午前中に)、郡山の五十嵐さんがみえていました。何しろ御実家が近くということで…。今日はお嬢さんの桜さんと三人です。
ラッキョウの酢漬け…甘酢に漬けたものは今まで口にしていたのですが、そのものの酢漬けは初めて食べます。!んっ、これは想像していたラッキョウより美味しい!甘酢ではない酢漬けのラッキョウは好きになってしまうかも知れません。五十嵐さんご馳走様でした。

 

2003/8/11(月)
■ 二回目の高知へ

 明日、東京を経由して高知に向かいます。現地に到着するのは13日のお昼ころの予定です。
この時期…基本的に移動や旅行などの嫌いな私は、航空チケットの値段なんてよくわからず、きっと一万円もあれば片道は行けるんだろうなんて思っていたのです。
ところが、片道25000円くらいするらしくて、飛行機は却下しました。結局新宿からのバスで行きます。それでも12500円もするなんて、驚きです。
どこか行くと、疲れるし帰ってこないとならないじゃないですか(当たり前じゃん)…そういうのがイヤなんですよね。
近所で過ごすのが基本的に好きです。こういう用事でもなければ海まで越えて(大袈裟ですね)四国なんて行かないですからね。一生にもう四国の地を踏むのはそうそうないでしょうから…。
なんか尾ア久美さんが、巨石の遺跡があるところに行こうなんて言ってますんで…。
ちなみに足立卓朗さんのお話し会は15日です。これを読んでくれている四国の人はよかったら来て下さいね。でも、四国自体が広いですよね…。
喜多方に戻ってくるのは21日、もしくは22日の未明になってしまいそうです。それでは。

 

2003/8/12(火)
■ 雨降り

 8月12日の早朝です。雨が降っています。これから出かけます。
帰ってきたら、伊東のコンシャスネス展と高知のコンシャスネス展のレポートと、幸子さんのコーナーを作りますね。私も少しパソコンが出来るようにならないと…と考えています。…でももしかしたら(写真までは無理だけど)高知から『日々の翔太』に書き込めるかも知れません。逐次報告を出来ればと、思っています。
皆さんも楽しい夏休みをお過ごしください。それでは行ってきます。

 

2003/8/12(火)
■ 最後のコスモス

 7月24日以来、久しぶりに東京に出ました。8月2日より松竹系で公開されている『ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス』見ました。ハリウッドの映画と比べても見劣りなんてしやしない、かなり感動的な映画でした。池袋のリーブルに行ったのですが、期間限定で隣り合ったふたつの会場で時間差で上映していました。
『あきらめない限り夢は現実化する!』…もう気分は出演者です。この気持ちのまま、アオバさんと未来さんに顔を出して、夜には高知行きのバスに乗りました。

 

2003/8/13(水)
■ 高速バス〜高知くろしお鉄道

 高速バスで夜中に目が覚めました。すると標識で『(兵庫県)西宮市名塩』という文字がありました。確か伊東順子ちゃんの住んでいる町だなアと思っていました。翌日『名塩通ったよ』とメールすると、『私の部屋からインターが見えるんですよ』ということでした。

 朝7時頃に高知に着きました。窪川行きの電車(実は電車じゃなかったんですけど…)は9時32分だったので、駅近辺の喫茶店にいました。急行は1500円くらい高かったのでけちってしまったのですが(これが失敗…)、なんと目的の駅まで三時間近くかかってしまいました。
東京ではありえない…『通過列車待ち合わせのため、21分停車します』というアナウンスがありました。ええっ、22分!そんなに待つのなら行けばいいじゃん、と思ったのですが、そうはいきませんよね。もう待つしかありません。
その間、周りを見ても何もないし。通過する電車からガスが出ている…車両の上を見ると電線がないんです!『これって電車じゃなくてディーゼル車だったんだ』とカルチャーショックを受けました。
同じ席に座っていたおじいさんといろいろ話していました。6年間兵役に行ってたとか、今ののんきな生活のことを語ってました。この四万十川付近で昔は天然のうなぎがたくさんとれておいしかったそうです。その頃に来てみたかったです。

 

2003/8/13(水)
■ ギャラリー556

  午後2時くらいから会場の準備に取り掛かりました。伊東では画材屋の安藤さんが専門家で来てくれていました…。一度体験しているので、何とかなるかと思っていましたが、やっぱり二人でやるのは大変ですね。地元で農業をされている中越さんが焼き物(もどき)の展示台になるもの…実は生姜を収穫する時のケースなのですが…持ってきてきれたり、ギャラリー556さんにいろいろとサポートいただきました。

 結局、この日には完成せずに7時頃に退散しました。久美ちゃんがコンシャスネスの位置を決めるのにかれこれ2時間以上やってるので、(でも調和の方向へのこだわりなので気がすむまでやればいいと思ってましたので)会場の方も帰れないので、明日の朝、早く来ての残りを仕上げるということにしました。
何だかんだ、移動に28時間くらいかかってますので、眠いです。早く寝たい〜。

 

2003/8/14(木)
■ コンシャスネス展 初日

 朝から全国的に雨です。とにかくなんとか開けるように…でも今日は雨だし人は来ないでしょう…と私も久美ちゃんも思っていたのですが、8人くらいの方が県内(地理がわかりまえん)から三時間とかかけて来てくれたのには感動しました。でもきっと、決心して実行した尾ア久美さんが一番に感動しているのではないかと思います。

 大川さんに連絡しないと…と思いながら、日々のバタバタに流されていく。でもきっと『あの人』(笑)でしたら受振されているんでしょうね。
こ の日々の翔太の書き込みをしようと思ったのですが、今ウィルスが流行ってるらしくちょっと接続するのは危険かと思っています。だから『書き溜めている状態』です。

 

2003/8/14(木)
■ 車

 大川さんに『安くて走行距離の少ない車』を探してもらっていたんですが、最初は程度のいいシビックがあるから…ということだったのですが、走行距離が1万キロくらいのがあったということです。何ていう車ですか?と聞くと、『忘れた』という事なので、まあ21日に神奈川に行って受け取る時にはわかりからいいや…と私もアバウトですね。

 

2003/8/15(金)

■ 足立卓朗さんが高知に来ました


 今日は足立卓朗さんのお話会なのですが、羽田で飛行機のエンジンに鳥が入って動けないから遅れそうという連絡がありました。
尾ア久美さんが綿密な『足立卓朗スケジュール(笑)』を作ったのですが、予定が最初からずれてしまいました。予定通りには事は運ばれません。しかし、ギャラリーの前の駐車場が花火大会のため使えないので、皆様に移動をしていただかないとならなかったので、ちょうどいい時間になりました。
20人くらいの人が来てくれました。遠くは大阪から…県内でも高知の場合はとても遠いのです。(久美ちゃんの書いたレポートをご覧くださいね)みなさん楽しんでいただけたようです。…あっ、そうそう『たのしむ』ですがこんなことを言われていました。『たのしむというのは〈楽しい(楽なこと)〉ではなくて、〈愉しい〉という事なんです』と…。
自我欲を満足させるような、〈たのしい〉は『楽』なのでしょうけれど、本質を追究して〈たのしい〉という場合はこの『愉』という字・表現なのでしょうね。
よく普段から卓朗さんは『たのしみながらやりましょう』と言われるのですが、それは本質を追究することによって愉しみましょうという意味なのでしょうね。例えば直観で観じたことを現実化するのは大変なこと(自分には到底無理とエゴの自分が考えてしまうこととか…)だとしても、その過程を含みどのように愉しみながらやっていくか…そんなふうに人生を送れたら本当に『愉しい』ですよね。

 

2003/8/15(金)
■ 東京高知間の飛行機より、高知県内の移動の方が大変???

 『卓朗さんのお話し会が終わり、予定していた(久美さんが)私は伊東での幸子展や福島への移転の準備でてんやわんやしていたので彼女から聞いていたのですが、卓朗さんと久美ちゃんと私の三人で高知のある場所のホテルに(『この場所』が問題です)泊まるというのはすべて久美ちゃんに計画をお任せしていたので…。
途中、いろりやという大方町のうどん屋さんで食事をして…これがかなりおいしかったんです。で、いったいどこまで行くんだろうと、99年に友人の秋吉君と一緒に土佐清水病院まで行ったのですが、かなり遠かった…でも、今回はそれ以上に遠く感じました。
それが足摺岬だったんです。時間と空間が一体化している尾ア久美さんにとっては『ちょっと先の方です』という場所…。高知県は東西に長く、県内でもそうそう皆さんあちこちに行かない(行けない)ようです。会場のある窪川町から50キロくらい走った後に、標識があらわれて『足摺岬50キロ』と書かれていました。
卓朗さんいわく、『東京から高知にくるのよりその先の移動(足摺岬へ)の方が大変だった』と。
でも、どうしても卓朗さんと私にその地域に連れて行きたかったみたいです。
一部屋だけ空室ありで予約してあるペンションに到着したのは9時を過ぎていました。卓朗さんは朝早くから家を出て来てくださっていたので、きっとお疲れだったと思います。そして明日は10時に会場を開けないとならないので、8時くらいには出発せねばなりません。
ただ、そうしたスケジュールを強行してでも私と卓朗さんを連れて行きたかったのでしょうね。でも、行ってよかったと思いました。この日は川の字でした(笑)。卓朗さん、どうもすいません。

 

2003/8/16(土)
■ 伊東とのつながり

 15日の夕方に訪れてくださった山川さんは、だいぶ前からすでに幸子さん、育朗さんの本を読まれていて、親戚には『あるがままに生きる』を、作家仲間に『波動の法則』を配りまくられたそうです。そして山川さんが個展をされている『一束庵』さんに行きたい…卓朗さんをまず電車の時間があるので、久美ちゃんに車で行くようにと思ったのですが(笑)…。お盆休みの三日間来て下さり、まるでスタッフのような上田さんが場所を知っているので卓朗さんと久美ちゃんを連れて行って頂きました。(立っているものは親でも使ってしまう私です〜)
その後、久美ちゃんのお母さんと一緒に一束庵さんに伺いました。民家をギャラリーに改装してあり、とてもなごむ空間でした。喜多方でもどこかでこうした場所をいつか創りたいと思いました。

 

2003/8/17(日)
■ 毎日新聞

 南国市で治療院をされている味元さんご夫妻がいらしてくださいました。味元さんは幸子さんと東京の国立にいた頃、ご近所で親しくされていたそうです。幸子さんの個人のためのヒーリングアートや珍しいだるまの作品、開業独立するサポートのための画、免疫が上がる画など、たくさんの原画があるそうです。思わず二人とも(一応、私と久美ちゃんですが)何とか時間をやりくりして味元さんの治療院に遊びに行きたい!と切望してしまいました。(結果的に東京に向かう夜行バスに乗る直前にお邪魔しました)
毎日新聞の中村通信部長の古谷さんが取材に来てくださいました。その記事はこちらに掲載いたします。見えにくいですが、私と味元夫妻が新聞の写真に載っています。

 

2003/8/19(火)
■ 高知の個展最後の日
 
 最終日です。高知市のお宅にベインやフロウグを設置されている河添さん、天然塩を21年お作りのほほえましい小島さんご家族がいらっしゃいました。(お塩、ありがとうございました。)その他にもたくさんのみなさんとお会い出来て高知に来たのがとてもよかったと思っています。

 この日は16時に閉めて、片付けます。設置した時は二人だったのですが、久美ちゃんの妹の美和ちゃんも手伝ってくれています。彼女は昨日、今日とこのギャラリー556で過ごしています。アグレッシブで…自分の聞きかじった知識をすべて(私や久美ちゃんの話を聞いて)を訪れた人にシェアしていきます。
例えば、『これはファルフって言って、動物・植物・てつ物・鉱物に…』とか皆さんに話しています。私と久美ちゃんは顔を見合わせて『どうしよう、“てつ物”って一体何だ?!』と、考えてしまうのですが、大まか間違ってないし本人が一生懸命やっていることだからいいよ。と、美和ちゃんの頑張り(?)を見守りました。
あまりにも脈絡なく出てくる言葉に驚かれたみなさん、大きな心で受け止めてあげてくださってありがとうございました。

 窪川でのコンシャスネス展が無事に終了しました。
余談ですが、足立卓朗さんに送り返す宅配便の伝票の差出人名は『尾ア久美とそのエハ・ピーコ』として出しました。昨年12月の足立さんの講演で、『より正確にはエクサ・ピーコではなく、エハ・ピーコ』だそうです。でも、エクサ・ピーコでも間違いじゃないそうです。(エクサ[エハ]はたくさんの、ピーコは原子核という意味でしたよね)

 

2003/8/20(水)
■ エヴァ・ピーコ???

 高知駅に向かう途中に『久美ちゃんのエヴァ・ピーコ(?)さんのおかげで(コンシャスネスの原画とか)無事着きました』と卓朗さんから電話がありました。
…でも『エヴァ・ピーコじゃないですよ(笑)』去年の育朗所長の講演で『エハ・ピーコ』って言ってましたでしょう…。
久美ちゃんのお気に入りフレーズが『尾ア久美とそのエハ・ピーコ』なんです。

 

2003/8/20(水)
■ 高知最後の日

 一週間お世話になった尾ア家のみなさんありがとうございました。妹の美和ちゃん…ご飯を食べている時にお茶碗のご飯が少なくなると、立ち上がる準備をして『翔太さん、お替りは?』と気にかけてくれたり、とても面倒見のいい方でした。洗濯物が乾かずにアイロンがけをしてくださったお母さん、朝早くから漁に出かけてしまうためあまりお話できませんでしたがお父さんも、きっと私や久美ちゃんが何をやっているかもわからなくても大きなところで見守ってくださりありがとうございました。

 お昼近くまで原チャリで大方町を散策していました。15日に卓朗さん、久美ちゃんと入ったうどん屋『いろり屋』に行きました。あまりうどんはそんなに好きじゃないのに、このうどんは美味しかったので最後に食べておきたいと思ったのです。お店の女将さんに『あまりうどんは好きじゃないのですが…』と言うと、一瞬顔が強張ったのですが、『そういう僕が美味しいと思ううどんですよ』なんて、偉そうなことをぶちかましてしまいましたが、本当に美味しかったです。
もし、今度高知に行ったらば、もう一度食べたいです。

 夕方に味元治療院を訪れました。仙人のような落ち着いた物腰でたんたんとされている味元さんの治療院には個展が開けるくらい幸子さんの原画があります。それぞれの皆さんに合わせた療法をしてくれるそうです。味元さんとはキャラが対称的な(失礼しました…笑)元気な山崎さんもコンシャスネスのビデオをお渡しするために味元さんの治療院で待ち合わせしました。この日、久美ちゃんが『何か、高知(四国)のエンゼル・サチの会』が今回お会いした皆さんと作っていければ…』と閃いちゃったみたいなんです!。
会期中も二人で『来年とかは今回会った皆さんと協力して出来るといいよね』と話し合っていたのですが、私は会を作るというところまでは思い浮かばなかったのです。でもいいアイディアだと思いました。

 そして高知をあとに発ちました。この日はバスの中で一泊です。

 

2003/8/21(木)
■ LaPLAYHMの一番長い日

 朝7時頃に新宿西口に到着しました。先月24日に樹生さんに寄って喜多方に来て以来、こんなにゆっくりと新宿の街並みを眺めたのは久しぶりです。12日に来た時は時間的にも騒々しかったですから…。
護国寺に向かい食事をしながら安藤佳子ちゃんと合流しました。予定としては午前中に印刷して午後は車の受け取りとニッセイさんのHPの打ち合わせなどを考えていたのですが、火星の接近もありハンパじゃなくイライラしてしまったというか、周りの方々に大変御迷惑をかけてしまいました。
こんな状態になったのは2000年にバリ島に行った時以来でした。あの時も秋吉君にぶち切れてしまい大喧嘩しましたから(具体的には彼のパスポートを半分燃やしてしまった)。基本的にはパッパとやってしまう人なので、スローモーなのが苦手なんですよ…。こんなことを書いたらヤバイと思うのですが、女の子に強く叱ってしまいました。普段はほとんど細かいことではあっても仕方ないという感じで怒らないのですが、同じ事を何度も何度も言わなくちゃならない状況が続いたので、星一徹のようになってしまいました。でもこれも火星(マルスですからね)が地球に大接近しているのが原因ということでしょうか…。
結局、19時をまわってしまい、『もう、二人でキチンと処理してくれ!』っていう感じでアオバさんを飛び出てしまいました。(やっちまったよ…とほほ)
もう、どうにでもなれ!という(それじゃまずいんだけどね)状態でした。未熟な私…いやになってしまいます。
大川さんのところに行き、問題点を確認させていただきました。大川さんは私が言うのは失礼なのですが、本当に本当に頼りになる方で身近にこういう方がいらっしゃるのはありがたいことです。
夜半過ぎに三人で車に乗り相模原から一路喜多方へ進路をとりました。車の運転は久しぶりですから、ドギマギしましたが東名町田インターから首都高〜外環〜東北自動車道に入りました。さすがに眠いです、途中パーキングで休憩し眠りました。あっ、これって22日ですよね。日付変更します。

 

2003/8/22(金)
■ 喜多方に戻りました

 15日に足立卓朗さんの乗った飛行機も鳥のトラブルがあったのですが、パーキングに止めた時、照明が明るかったため木の下に車を止めていました。朝起きてみるとウィンドウからボンネットまで鳥の糞でいっぱいです。こんなさわやかな朝を迎えた三人は残りの道をひた走りました。途中、久美ちゃんが『私もこの車に慣れたい』という事で運転を替りました。
私の免許は普通なのですが、オートマしか運転してないとマニュアル車が乗れなくなりますよね、バイクは普通に運転できるのですが、車はクラッチを足で使うでしょう…なんかわかりにくいです…久美ちゃんは高知でマニュアルの軽自動車をたくみに使いこなしてましたから、1300ccのコルサの扱いも上々です。

 そして喜多方の家に到着しました。二人とも文字や言葉に表現するのは難しい会津地方のトイレに驚いて、なんとも言えない声を発していました。二人にはそれぞれ奥の部屋を使ってもらう事として、とにかくお腹が空いていたのでご飯を炊いて食事をし、その後で佳子ちゃんにはパソコンのあれこれをやってもらいつつ、久美ちゃんとホームセンター、リサイクルショップ、スーパーと、あれこれ必要なものを買い揃えて(と言っても最低限ですね、貧乏事業所ですから…)戻りました。
リサイクルショップで2段ベットが気になったようです。佳子ちゃんに一緒に使わないかと久美ちゃんは誘っています。あの(ってどのだよ!)リサイクルショップには時々顔を出そう、必要なものが出ているかも知れないから…。
夕方出かけたのですが、もう辺りは暗く夜になっていました。高知〜東京〜喜多方の移動が二日続いたので、クタクタです。おやすみなさい。

 

2003/8/23(土)
■ おためし

 二人の荷物がそれぞれ届き、ごった返して始まりました。しかし、何かを決心してスタートする時は、お試しってあるんですね。21日の時点でもかなりキツカッタのですが、久美ちゃんに降りかかりました。喜多方に来て早々、おばあちゃんが亡くなったそうです。高校時代はおばあちゃん家に住んでいたり、大学に進学させてくれたとてもお世話になったおばあちゃんだったそうです。
何はともあれ、高知に一時帰宅(?)です、やっと高知を離れられてという矢先の出来事でしたから…。昨日の2段ベットを買うこととなりリサイクルショップに立ち寄り会津若松まで送りました。気をつけて行ってきてください、っと。
一人車を走らせていると、標識が目について、ちょっと寄り道してしまいました。会津って盆地なんですね…と改めて実感しました。LaPLAYHM(とハーモニーライフもね)のある地域は喜多方市外から北へ約8qのちょっとした山間なのですが、会津全般は平坦な盆地が広がる地域です。
遅くなると一人残された佳子ちゃんが心配なので急いで帰りました。なんか小さい子を持つ親の心境でもありますし、誰も知らない土地に来て、私や久美ちゃんもいないところに残されて不安かな…と思ってしまいます。

 

2003/8/24(日)
■ 目黒のYさんのお宅にサーモウルが届きました

 目黒区のYさんのお宅にベインフロウグが届いた頃のようです。ありがとうございました。よろしくお願いしますね。

 

2003/8/25(月)
■ スタッドレスタイヤ

 以前も書いたと思いますが、喜多方市には銀行が三行しかありません。ですから時々会津若松まで行かなくてはならないのです。行ってきます。っていうか行ってきました。
途中、タイヤ屋さんに立ち寄り、冬にはどうしたらいいかを相談しました。やっぱりスタッドレスが必要みたいですね…こちらでは生まれた時から雪に囲まれて生きてきたから、必要不可欠なものらしいのです、そして、車は滑って当たり前だそうで、98年の高山に行く途中の事故ったから雪道は嫌いなんだよなァ…水(その一形態としての雪も含み)はあっても無くても大変ですね。
ただ、こうした豪雪地域があるから、美味しいお米が収穫されて、日本の気候が今のような…(?)日本らしい気候なんですよね。その恩恵と自然の厳しさとを両方あることを感じてこれから生きていくのかもしれません。

 

2003/8/27(水)
■ 星を見に行こう

 あの、久美ちゃんの提案で天体望遠鏡を半額ずつ出して購入(っと言っても4万くらいのものです)してしまいましたので、使いたいのですが、なかなか天気が思わしくない。
それと同時に大川社長が天文台にあるんじゃないの???と思うくらい大きな望遠鏡を持って喜多方に遊びに来ると言ってくれているので、山中に真っ暗なポイントがないかと思い、日中探しに行きました。この辺は結構(東京と比べると)たくさん星が見えます。子供の頃は東京でもたくさん星があったのですが、今はあまり見えないですからね。
今度、29日以降天気のよい夜にみんなで行きたいです。

 

2003/8/28(木)
■ 大塚のコンシャスネス展

 10月に東京の大塚でコンシャスネス展の会場を提供してくださる名久井さんから電話がありました。コンシャスネスのビデオの音楽に喜多郎さんを幸子さんが生前から使うことを約束していたことは皆さん御存知かと思いますが、9月の10日夕方から翌日の朝まで富士山の五合目で太鼓を叩き続けるイベントを毎年喜多郎さんがされているそうなのですが、名久井さんは毎年行かれているそうです。
私はあまりそういうことに参加しないのですが、今年はなんか行った方がいいみたいな気がするので、参加することに決めました。…と言っても久美ちゃんは明日帰ってくるのでまだ確認とってないのですが、三人で行こうと思っています。名久井さんも不思議なご縁でこの一月からのお付き合いなのですが、とても大切なことを私に伝えてくださる方の一人です。みなさんそうなのかもしれませんが…。

 

2003/8/28(木)
■ つながった

 ようやくADSLつながりました。8月の間、ダイヤルアップで回線つながっていたのですが、あまりにも遅くて何も手がつけられませんでした。でも、ダイヤルアップの方に合わせたサービスというか、容量の軽いホームページも私達で用意させていただく必要を感じました。出来るところから少しずつやっていきます。

 

2003/8/29(金)
■ ゴミ

 この地域は火曜日と金曜日がゴミだしの日ですが、専用の袋がなかったために持っていってくれませんでした。近所の方が『専用袋に入れないと…』と袋の見本をくれました。親切な地域ですよね。
ただ、二週間…といっても引越しや元からこの家にあったゴミを袋にして三つ出しましたので、とりあえず戻して…。敷地内で焼いてしまおうと思いました。ついでに紙などのゴミも…かなりの量を焼きました。
焼いている最中は熱い…数時間の間に2リットルくらいの水を飲みながらやりましたが、この時はたまたま目の前で焼却していたのですが、目の前にあろうとどこかに回収されて焼却されるのであっても『地球にもこれだけの負荷をかけているんだ』と思いました。
ゴミ回収されてどこかで燃やされていたらそんな事まったく(少しはね…)考えなかったと思いますが、とてもいい機会になりました。
ただ、腑に落ちないのは『スーパーなどの袋も専用の袋に“ゴミ”として入れて捨てるしかない』というのは変だなと思いました。ゴミを捨てるためにゴミ(ゴミ袋)を買うなんて…。実は今まで東京でゴミ袋を買ったことがないんです。新聞屋が持ってきたゴミ袋も使わずに何年もある状態ですので。
どちらにしても出来るだけゴミを出さないような心がけをしていきたいです。
子供の頃は、お豆腐屋(隣がそうだったのですが)にお鍋を持っていった記憶があります。今は…某メーカーのお豆腐は美味しいのです…冷奴で食べて、少し残しておいた分を蜂蜜(もちろん竜眼蜂蜜ですね)かけて食べると美味しいんですけどね。ゴミがない生活したいですね。94年に新作で日本テレビで製作された『ウルトラセブン(地球星人の大地)』の劇中で、メトロン星人が『宇宙には“ゴミ”はない』という台詞を話しています。循環する社会になれたらいいものです。

 

2003/8/31(日)

■ 八月最後の日


 今日は八月最後の日です。昨日遅くまで三人であれこれ話していたので、眠いです〜。頭痛いです〜。みんなまったりしています。もう販売されてないと思うのですが、テイチクから出ていた小久保隆さんの『風のオアシスU森と水の物語』を聞きながら、雨の音との融合の中でうたた寝したり、思い立ったように少し仕事をしたりの日曜日です。佳子ちゃんは部屋にパソコンを持ち込んで、久美ちゃんは高知での個展の後処理をしています。明日は晴れるのかなァ…東京と違い、雨でも心地よい…子供が傘もささずに犬の散歩をしている…。久美ちゃんにとって初めての地元の人との交流のようでした。

CopyRight©  FALF & ARUT La PLAYHM  
All rights reserved 2005-2008

〒329-2161栃木県矢板市扇町二丁目1519-53
TEL&FAX 0287-44-3155
(できるだけ携帯にかけて下さい 090-9680-8590)

前のページに戻る
通信販売法に関する法律に基づく表示